画像生成AIを使い倒した結果、手描きに回帰した話

たとえば、こんな夜

Stable Diffusion に短い指示文を打ち込めば、30秒で構図も色使いも整った「上手い絵」が出てきます。自分が 3時間かけて描いてきたものより、ぱっと見のクオリティが高い。それを目にした夜、ペンタブの前で手が止まる絵描きの方は少なくありません。「自分が描く意味って何なんだろう」「もう描かなくていいんじゃないか」——そんな問いが頭から離れず、ペンタブのケーブルを抜いてしまう日があります。

こんなふうに使える

画像生成 AI には「追加学習」(LoRA と呼ばれる技術)という機能があります。自分が手描きした絵を 30〜40枚読み込ませると、AI が「この人の絵柄」を覚えて、その絵柄で新しい絵を生成できるようになります。これを「自分の絵」に対してやると、出力される「AI 版の自分の絵」と本物を並べて比べることができます。結果はたいてい「似てるけど、何か違う」。その「AI が再現できなかった部分」が、自分だけの個性として見えてきます。

想像してみると

たとえば、自分のイラストフォルダから 30枚ほど選んで、AI に学習させてみる。出来上がった「AI 版の自分」に同じテーマで絵を描かせる。返ってくるのは、線の太さも色の傾向も自分とよく似た絵です。並べて見比べてみる。すると、いくつかの「違い」がじわじわ浮かび上がってきます。線の引き際の迷い方が違う。色のズレ方が違う。「何を切り取るか」の選び方が違う。風景に必ず電線を入れていたり、生活感のあるものを無意識に選んでいたり——絵の画像データだけからは学べない「描く過程の判断のクセ」が、AI には再現できないと気づきます。以前は「素人っぽい」と嫌だった線の迷いや色のクセが、「自分にしかないもの」として見え始める時間が流れます。

この記事でできること

  • AIに自分の絵柄を覚えさせると「似てるけど何か違う」が出てきて、その違いこそが自分だけの個性だとわかります
  • 「素人っぽい」と嫌だった線の迷いや色のクセが、AIには再現できない固有の魅力だと気づけます
  • 絵だけでなく文章や音楽など、あらゆる「自分で作る」行為にこの視点が応用できます

使うもの: ー(読み物です)
かかる時間: 約8分(読了目安)
必要なスキル: なし

AIで何でも作れる時代に、なぜ手で描くのか

Stable Diffusion(ステーブル・ディフュージョン)という画像生成AIに、AIへの指示文を打ち込めば30秒で「上手い絵」が出てきます。構図も色使いも整っている。自分が3時間かけて描くものより、ぱっと見のクオリティは高い。

画像生成AIとは、「こんな絵を描いて」と文章で伝えると、AIが自動で絵を作ってくれるサービスのこと。Stable Diffusion以外にも、Midjourney(ミッドジャーニー)やDALL-E(ダリ)などがあります。

じゃあ自分が描く意味って何なのか。この問いにぶつかって手が止まった絵描きの方は少なくないはずです。2023〜2024年には、画像生成 AI の急激な進化を受けて「AI に心を折られた」「ペンタブ(デジタルで絵を描く道具)を閉じた」という反応が広く見られました。

でも2025年に入ってから、流れが変わってきています。一度AIに圧倒されながらも、手描きに戻ってきた人たちがいる。しかも「前とは違う意識で」戻っている。

自分の絵柄をAIに覚えさせる実験

転機になったのが、「自分の絵柄でAIに絵を描かせてみた」という実験です。

画像生成AIには「追加学習」という機能があります。自分が手描きした絵を30〜40枚読み込ませると、AIが「この人の絵柄」を覚えて、その絵柄で新しい絵を作ってくれるようになります(専門的にはLoRA=ローラと呼ばれる技術です)。

他の人の絵柄をAIに覚えさせるのに使われることが多い技術ですが、これを「自分の絵」に対してやるとどうなるか。

自分の手描きイラスト 30〜40枚を AI に覚えさせ、出力された「AI 版の自分の絵」と本物を並べて比べる検証は、複数のクリエイターが公開しています。

結果は共通して「似てるけど、何か違う」。

「AIに再現できない部分」にこそ自分らしさがある

AIは絵の見た目をかなり高い精度で真似します。線の太さ、色の傾向、よく使うポーズ。でも出力された絵を見て「これは自分の絵だ」とは感じにくいことが共通して指摘されています。

何が違うのか。複数の検証記事の指摘をまとめると、いくつかの傾向があります。

線の「迷い方」が違う。人間が描くとき、線を引く瞬間に「ここで曲げようか、どうしようか」という迷いがある。AIの線はそうした迷いがなく、常にきれいな「正解」を出す。

色の「ズレ方」が違う。理論通りではなく「この青、ちょっとくすませたい」「ここだけ鮮やかにしたい」という感覚のクセ。そのクセをAIは再現しきれない。

「何を描くか」の選び方が違う。風景を描くとき必ず電線を入れる、生活感のあるものを無意識に選ぶ——こうした「何を切り取るか」の傾向は、絵の画像データだけでは学べない。

つまりAIは、絵の「パターン」は再現できるけれど、「描く過程で生まれる判断のクセ」は再現できません。そして、その再現できない部分こそが「その人だけの個性」です。

「下手だと思っていたこと」が「自分らしさ」に変わる瞬間

2025年のChristie’s(世界的なオークション会社)の「Augmented Intelligence」展では、買い手は「作者の手と意図が見える作品」を選んだと報告されています。「AIより上手いか」ではなく「その人にしかない表現があるか」を評価する流れです。

趣味で描いている方にとっても、この構造は同じです。以前は「素人っぽい」と嫌だった特徴——線の迷い、色のズレ、構図のクセ——がAIとの比較によって「自分にしかないもの」として見え始める。

誰かの絵を好きだと思うとき、多くの場合「上手いから好き」なのではなく「その人のクセが好き」なのではないでしょうか。であれば、自分のクセもまた、AIには出せない固有の魅力になりうる。

試してみたい方への情報

自分の絵柄をAIに覚えさせる技術(LoRA)を自分で試すには、パソコンにある程度の性能(VRAM 8GB以上のグラフィックボード)が必要で、専門的な知識も少し求められます。手軽にできるものではないのが正直なところです。

ただ、「AIに自分の絵柄を再現させてみる」こと自体が目的ではなく、大事なのは「AIに真似できない部分が自分の個性だ」という気づきのほうです。同様の実験を公開しているクリエイターの検証記事を読むだけでも、その感覚はつかめます。

AIは「自分の絵を奪うもの」ではなく「自分の個性を映す鏡」になる

振り返って考えると、AIは表現を奪いにきたのではなく、表現を映し出してくれる、ということなのかもしれません。

自分の絵柄をAIに覚えさせると、「真似できた部分」と「真似できなかった部分」がはっきり分かれます。真似できた部分はパターン。真似できなかった部分が個性。

これは絵を描く方だけの話ではないはずです。文章を書く方がChatGPT(チャットジーピーティー、スマホやパソコンで使える無料のAIチャットサービス)に自分の文体を真似させたら、似ているけど何か違うものが出てくる。音楽を作る方がAIに曲調を寄せさせたら、やはり「自分じゃない」と感じる部分がある。

AIに自分を真似させることは、自分の「真似できない部分」を発見する行為でもあります。

AIがある時代に「手を動かす意味」

AIが何でも作れる時代に、自分の手を動かす意味。それは「AIより上手くなる」ことではなく、「AIには出せない自分」を知ること。

鏡がなければ自分の顔は見えません。AIという鏡があるからこそ、「自分の表現の個性」がはっきり見える時代になりました。

もし画像生成AIに圧倒されて描く気力をなくしかけているなら、「自分の絵柄をAIに覚えさせてみた」系の検証記事を探して読んでみてください。「似てるけど違う」の中に、自分にしかないものが見えてきます。